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トッププレーヤーシリーズ・第3回
市原誉昭選手(AMAFUSA)に聞く
第2回
・市原誉昭プロフィール
1975年8月28日生まれ
新潟県出身。
【写真・2000年第6回全日本選手権優勝直後の市原選手】 |
| 今や日本代表の中心と言えば市原だ。選手やスタッフからの信頼も厚い。昨シーズンまでCASCAVELで国内最強と言われ、今シーズンからはブラジルのパラナ州リーグに参戦するアマフーザに移籍。プロ生活を送っている。チームのバランスをとり、ゲームをコントロールする日本の心臓・市原に話を聞いた。 |
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<第1回 第3回>
●市原誉昭インタビュー 第2回・「ブラジルは環境が違うのでプレーも違ってくる」
フットサルネット:サッカープレーヤーとしてやっているうちから、フットサルをやり始めたというのは、どういうきっかけだったんですか?
市原選手:一緒にやってた奴がフットサルの大会に申し込んだんですよ。ほんとに練習ですよね、練習の一環としてフットサルをやり続けてやっているうちに、おもしろくなってきて。でも元々はサッカーやりたかったんで。それで、山中湖の大会で修さん(甲斐修侍・CASCAVEL)と会って、フットサルやろう!といわれてたんです。
だけど、サッカーやりたかったんで、サッカーやってダメというか、やれるところまでやってフットサルやりたいな、と思ったらフットサルやろうかなと思って。それが結構早くて、切り替えというか。それでフットサルを始めました。
フットサルネット:それはホーリーホックを辞めてからということ?
市原選手:そうですね。
フットサルネット:なんか話が監督が変わってという話もあると思うけど、
市原選手:入団した時の監督ではなくて構想に合わないということになって。
フットサルネット:そうですか。ホーリーホックもそうかもしれませんが、Jリーグのセレクション受ける時に、高校の全日本選手権で優勝してるとか、大学の関東リーグに出てたりしないと入りにくいというのはあるんですか?
市原選手:ありましたね。僕の場合はちゃんとした人に紹介してもらってなくて一般の子と一緒なんで、ずば抜けて上手ければ大丈夫だと思うんですけど。
フットサルネット:やはりセレクトする人からすれば、そういう経歴を重視しちゃうというのはあり得る話ですね。
ホーリーホックを辞めた後すぐにフットサルを始めるわけですか?
市原選手:そうですね。
フットサルネット:アズー(Azul:甲斐修侍やオスカーマジキナが所属した。第3回全日本選手権準優勝)で?
市原選手:そのときまだアズーは無いです。アズーでも少しやってましたけど。
フットサルネット:そうやってフットサルをプレーし始めて、その後のことは皆さんも知っているように、国内でトッププレーヤーとしてめきめき頭角を現してきたわけですね。
今シーズンからブラジルのパラナ州のアマフーザに入団してプロ生活が始まったわけですが、今のアマフーザではどんな所に住んでどんな生活なんですか?朝から夜まで。
市原選手:アパートに住んでいて婚約者も一緒に来てるんで、食事は彼女につくってもらって朝、昼、晩。朝ごはん食べて練習行って昼に帰ってきて昼ごはん食べて、夜の練習まで昼寝して練習して帰ってきて夜ごはん食べて、休んで寝る、みたいな感じです。
フットサルネット:それはいわゆる日本人が憧れるやつですよね。
市原選手:そうですね。
フットサルネット:今フットサルをして生活ができるということで日本にいたときのことを振り返って何が一番違いますか?日本にはなくてブラジルにあるもの?
市原選手:やっぱり環境が一番違うんじゃないですかね?環境が違うのでプレーも違ってるんとおもうんですけど。一番思うのは環境の違いですね。フットサルは歴史も違いますし。
<第1回 第3回> |
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