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トッププレーヤーシリーズ・第3回
市原誉昭選手(AMAFUSA)に聞く
第1回
・市原誉昭プロフィール
1975年8月28日生まれ
新潟県出身。
【写真・第4回アジア選手権対インドネシア戦の市原】 |
| 今や日本代表の中心と言えば市原だ。選手やスタッフからの信頼も厚い。昨シーズンまでCASCAVELで国内最強と言われ、今シーズンからはブラジルのパラナ州リーグに参戦するアマフーザに移籍。プロ生活を送っている。チームのバランスをとり、ゲームをコントロールする日本の心臓・市原に話を聞いた。 |
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第2回>
●市原誉昭インタビュー 第1回・「20歳までブラジルでチームを転々としていた」
フットサルネット:まず、市原君が初めてサッカーをやったのはいつですか?
市原選手:幼稚園の時ですね。小学校で新座片山というチームで。全国大会でも優勝してますね。
フットサルネット:それは小学校のチームで??
市原選手:はい。
フットサルネット:これには小学校1年生から入って?
市原選手:はい。
フットサルネット:その後ブラジルに行きますね?それは何で行く事になったんですか?
市原選手:チームの遠征で5年生の時にブラジルに短期留学に行って、一ヶ月位行っててそれで日本に戻ってまた小学校出てから行ったんですよね。
フットサルネット:小学校出てからいってたんですね。それはすごいよね。小学校出た時には当然Jリーグなんてなかったですよね。
市原選手:そうですね。
フットサルネット:なんでブラジルに行こうと思ったんですか?
市原選手:なんでですかね。親からも全寮制の学校でそこでやりたいことをやれよみたいな感じで言われていたので。
フットサルネット:全寮制で親元から離れろと言う事だったんですかね。
市原選手:どうなんですかね。はっきりはいわないですけどね。普通の学校に行ってもダメだろうなと思ったんじゃないですかね。ダメだろうなと言うか。
フットサルネット:それでブラジルに行って向こうでは寮生活で、学校の寮だったの?
市原選手:いや、チームの寮です。
フットサルネット:どこのチームにいたの?
市原選手:最初はナショナルというチームに。
フットサルネット:そこに日本人はいたの?
市原選手:僕ともう1人チームメイトだった彼と2人でした。
フットサルネット:サッカーしながら学校には通っていたんですか。
市原選手:そうですね。
フットサルネット:昼間学校行って?
市原選手:朝ですね。朝学校行って昼間練習ですね。
フットサルネット:そこはトップにプロがあるとかではなくて?
市原選手:トップにプロがあります。
フットサルネット:そこに来る子はもちろんプロになりたいという子がくるの?
市原選手:僕がいった頃はそこまで力を入れてないんですよね。
フットサルネット:そこに3年間いたの?
市原選手:いや1年だけです。
フットサルネット:そこからどこかに移るんですか。
市原選手:そこから田舎のキンゼ・デ・ジャウーというチームに。
フットサルネット:昔カズが所属していたことで有名なチームですね。チームもそこに移ると、中学校もそこに移るんですか?
市原選手:そうですね。そこは全寮制で。食事も洗濯も全部寮ですね。
フットサルネット:それでキンゼ・デ・ジャウーにはどれくらいいたんですか?
市原選手:2年くらいいました。その後クリチーバに移ります。その後も転々としていました。
フットサルネット:何歳くらいまで転々としてたの?
市原選手:20歳まで。
フットサルネット:移るのはどういう時に移るんですか?
市原選手:もちろん試合に出れる出れないというのもあるんですけど、やっぱり試合に出れるチームを探します。でも、僕は留学生はよくこのチームに入りたいです、というのがあるんですけど、そういうのはあんまりなくてちょっとしたトラブルだとかそういった理由で変わったりしてました。クリチーバにいったのは学校を卒業するためだったんですけど。
フットサルネット:クリチーバで中学を卒業してあとはサッカーをやるためだけの毎日になるんだ?
市原選手:はい。午前練習して学校は夜だったんであんまり生活は変わらなかったですね。
フットサルネット:学校は夜なんですか。そういう学校があるんですね。
市原選手:授業は午前、午後というふうに分かれてるんですよ。朝から行って午後に帰るとかはなくて。
フットサルネット:そうやって卒業してから20歳までずっとブラジルにいたんだ?
市原選手:そうですね。
フットサルネット:そういう人って結構いるの?
市原選手:そんなにいないんじゃないですかね。僕が知ってる限りでは一緒にいたやつと、あと2人くらいじゃないですかね。
フットサルネット:わかりました。それで日本に帰ってきますよね。日本に帰ってくるきっかけというのはどのようなものだったんですか?
市原選手:20歳までというお世話になった人との約束というか、僕も日本に帰ってサッカーやりたかったんで、それで20歳で帰ってきたというか。
フットサルネット:向こうではずっとチームを移るんだけれど、市原君にこのチームにうつったらどうかとか、そういう面倒見てくれる人はいるの?
市原選手:はい。
フットサルネット:それで日本に帰ってきてすぐにチームに入るわけではないですよね。
市原選手:そうですね。自分で回ったりして、当時関東リーグの横河に入ったんです。
フットサルネット:では、当時はサッカーでメシを食っていこうと思ってたんですね。
市原選手:そうですね。
フットサルネット:横河ではプレーはどれくらいしたんですか?
市原選手:試合には出る機会は少なかったですけど。
フットサルネット:市原君はどこやってたんですか?サッカーでは。
市原選手:中盤ですね。ボランチとか。でも、センターバック以外はどこでもやりましたね。あるチームではトップもやったりしてました。でもヘディングが弱いんですよ。
フットサルネット:ほお、横河にはどのくらいいたんですか?
市原選手:横河には約1年くらい。その後また転々とチームを探したりして、ホーリーホックへ。ホーリーホックを受ける前くらいからフットサルはずっとやってたんですよ。
第2回> |
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