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小野直樹のアポ無しブラジル紀行
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著:藤沢市サッカー協会フットサル委員会 小野直樹
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リオデジャネイロ編6
ブラジル滞在もいよいよ今日で終わりとなった。リオの朝は今日もさわやかだ。2週間という短くもあり長くもあった時間を思いだしてみた。サンパウロでのベウトらとの遭遇、リオのビーチの風景そしてフラメンゴ、バスコら今年のブラジルフットサル界の中心になるであろうプロチームでの衝撃が鮮明によみがえってくる。
最終日の今日は午前中におみやげを買いにセントロまで出掛け、午後からフラメンゴ公園へ行き、サッカー学校の監督であるジョゼ・ジョアン氏(通称JJ)にもう一度会って少しでもブラジルの少年サッカー指導の話を聞けたらなあと思っていた。
まず、地下鉄に乗りセントロまで出掛け、おみやげにフットサルの作戦板、ユニホーム、ビデオや本を探した。ユニホームや作戦板はすぐに見つかったが、ビデオや本はどこに行ってもなかった。あきらめてコパカバーナまで帰ってきた後、少し時間があったのでホテル近くの本屋にぶらりと寄ってみた。するとビデオはなかったがフットサルに関する本が2冊だけあった。
手にとりページをめくってみると以外に新しい本であった。しかも雑誌のようなものではなく技術書のような内容だ。ひとつはフットサルのゴールキーパーについて、そしてもう1冊はその名も「FUTSAL-APRIMORAMENTO TECNICO E TATICO」(フットサル−完璧なる技術と戦術)といった語彙題名の本だった。早速、この2冊を購入した。わからない言葉は辞書を使ったり、知り合いのブラジル人に教えてもらいながら解読すればいいやと思った。それらの本の内容については別の機会に譲ることにしよう。
お昼近くになったので、フラメンゴ公園に出掛けることにした。この公園には10面以上の大小さまざまなサッカーコートがあり、おじさん連中から子供までそして上手いも下手もそれぞれにサッカーを楽しんでいる。そんな中、例のサッカー学校を見つけた。相変わらず多くの子供達が年齢別のカテゴリーに分かれてゲームをしている。そして、コートの傍らにはあの"JJ"がやはり相変わらず大声で選手たちを怒ったり誉めたりしている。もう70歳を超えているとはとても思えない元気なじいさんだ。
このじいさんが「ノーバ・サフラ」というサッカー学校を主宰していて、ほかのコーチたちも皆、ボランティアで指導をしている。この学校からはヨーロッパでプロとして活躍する選手も輩出しているとのことだ。グランドではすでに10〜11歳のクラスのゲームが行われていた。グランドは横幅が少し狭く、全体的にも小さめな感じである。もちろん芝のグランドではなく、日本の小学校にあるような砂と土の混ざったようなグランドである。しかし、彼らの多くはボールコントロールの技術やボールを受ける姿勢が素晴らしく、ボールを持った時、または味方がボールを持っている時にいかに多くのアイデアを持ち、考えてプレーしているかということを要求されている。日本の子供達もボールを持ったときの技術はそんなに差がないようにも見えるが、味方がボールを持ったときの回りの選手の動き出しの速さやその質は比べようもないくらいブラジルの子供達は優れていた。そしてまた、コーチもボールのないときの動きのアイデアに対しての誉めたり叱ったりが絶妙であった。
しばらくして休憩時間となったので"JJ"と話をしようと思い、グランドへ降りてみた。するとなんと彼の方から私のところへ笑顔で話しかけてきてくれたではないか。前回、簡単な話をしただけなのにとてもフランクでいい人だなあとつくづくと感じた。こういう部分が、子供達をひきつける大きな要因なんだろうと思った。簡単な挨拶をし、今日で日本へ帰る旨の話をし、彼のサッカー指導観などをたずねてみた。すると彼曰く、「今のサッカーはフィジカルか重視されすぎていて技術の美しさが忘れられている。それは代表にも言えることである。昔は30〜40m先の味方の頭へピタリとロングパスが蹴れたが今はそんな選手は滅多にお目にかかれない。私はここでサッカーのスピリットとともに美しい技術を子供達に要求したい。」とのことであった。そして例として、インサイドキックのパス練習の際、必ずお互いに左右の足に交互にパスを出すような要求をしているという。これは、10mの距離の味方に左右の足どちらか狙ったところへパスができなければ、もっと距離のある、そしてプレッシャーの中でのパスが上手く出来るわけがないとのことであった。もっともだと思った。そして最後に彼は自宅の連絡先の書いてある名刺を私に差し出し、ぜひ、日本の子供達をここへ連れて来いといってくれた。私も彼や彼の子供達と一緒に撮った写真を日本に帰ってから送る約束をし、いつの日か自分の教え子を何人かこのブラジルへ連れてきて、彼の学校のチームと練習したり、ゲームをしたり、生活をともにしたりして素晴らしい体験をさせてあげたいと思っていた。
日本に帰ってからさっそく彼とは手紙のやりとりをした。手紙には私と私の生徒を待っているという内容が書かれてあった。帰国後、ブラジルでの体験からぜひ、子供達にフットサルを、という想いが強く、念願かない、2000年9月より中学1,2年生のフットサルのクラブチームを発足することになった。もちろん、中学生のフットサル全国大会も目標のひとつにはなるが、中学生の時期にフットサルを体験し、ブラジル選手のようなイマジネーション溢れる選手になってもらいたい、そして、よりサッカーやフットサルを好きになって高校へすすんでほしいと願っているのが一番の目的である。そして、2002年3月にこのチームでブラジル修行に行くことも目標のひとつである。もちろん「ノーバ・サフラ」と"JJ"のところへ。
ブラジルのサッカーをほんの2週間で何がわかるのかと言われてしまいそうだが、サッカーやフットサルなどの環境や庶民のプレーからプロのそれまで駆け足で見たが指導者としての自分の今後の在り方を考える上では非常に有意義であった。今後はこれらの経験から新しく取り組む中学生のフットサルチームの立ち上がりからをフットサルネットの山戸さんにもご協力していただき、レポートできたらと考えています。
(完)
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