<レポート/写真>北 健一郎
決勝 2/4 駒沢体育館
大洋薬品/BANFF (東海1・愛知) |
|
府中アスレティックFC (関東2・東京) | ||||
![]() |
![]() |
1年に1度。「全日本の決勝」はやはり特別なものがある。特に今年はFリーグ開幕前ということで、いつにも増して注目度が高い。準決勝、決勝の取材申請者数は100名を越えたとのこと。1時間以上前から駒沢体育館には11時の開場を待つ長蛇の列。もうすぐ、今年のフットサル日本一が決まる。
決勝まで勝ちあがっていく過程の中で、今大会が大洋薬品の「1強」であることは明らかだった。その"対抗馬"として府中を推す声は多かったように思う。府中には前田喜史、小山剛史、完山徹一、鈴木隆二など、強さと技術を兼ね備える、もっと言うと大洋薬品が欲しがりそうな選手が多い。それゆえに府中ならば大洋薬品とも対等に近く渡りあえるのではないかと。
試合前のミーティングで「『先制点を取りに行こう』とミーティングで話していた」(完山)という府中。だが5分、その目論見は山田ラファエルの暴力的な1発によって覆されることに。右CK。右サイドタッチライン際でスタンバイしているラファエルが、北原亘からのパスをワントラップ→ズドン! 鉄砲玉のようなスピードのボールは完山、そしてGK石渡良太の手を弾き飛ばしてゴールイン。
決勝の大洋薬品には累積警告のため、11得点で大会トップスコアラーのマルキーニョスがいない。チームメートの北原が「アイツを止められる日本人のフィクソはほとんどいないと思う」というように、ボールを相手の届かない位置に置くキープ力、敵にピッタリくっつかれていても振り向く反転力、そして左足の強烈かつ正確なシュート力と攻撃スキルの塊(かたまり)のようなマルキーニョス。彼の不在は府中の勝率を大げさではなく10%ぐらい上げたはず。
必然的に大洋薬品のピボは森岡薫1人になるのだが、前半は左サイドのアラの位置で仕掛けてシュートというのが何本かあったのみ。とはいえ、前半6本のシュートを放った府中にしても「打たされている」ミドルがほとんどで、ゴールの予感は薄い。それでも府中が肉体的な接触で当たり負けする場面はほとんどなかったといっていい。森岡がアラでの仕掛けが目立ったのには、前田のマークがタイトだったというのもあるだろう。前半は1-0、大洋薬品がリードしたまま折り返す。
後半6分、右サイドから宮田義人がドリブルでかわして左足シュート。これは豊島が頭でクリアしたが、大会期間中にグングン調子を上げてきている宮田は攻撃のキーマンの1人。だが、このプレーのすぐ後、ピッチ中央で上澤にボールをさらわれた宮田は、ドリブルで独走する上澤を追い掛けると、上澤の決定的なシュートをハンドで止めてしまう。PKをとられるだけでなく、宮田はレッドカードで退場。府中は13分20秒からの2分間、もしくはゴールを取られるまで、FP3人でプレーすることになった。
退場後の最初のピンチとなる森岡のPKは、GK石渡が読み良くストップ。すると府中はマイボールになれば数的不利でもキープではなく、ゴールを狙っていく。「『守れ』っていう指示だったと思うけど、0-2にされたらかなりキツイ。隆二とチャンスがあったら攻めようと言っていた」と前田。そしてこの男が全日本選手権の歴史に残るスーパーゴールを決める。
27分、左CK付近で鈴木がファウルをゲット。タッチラインより少し手前の位置。シュートの角度はほとんどない。ファーサイドのコースを消す壁が2枚。GK定永久男は定石どおりニアを切っている。ゴール前には鈴木が1人だけ、マークは2枚ついている。「一瞬、(コースが)ほんのちょっとだけ見えたんです。だから隆二に『動け』って言って」。ピーッ。鈴木が激しく動き出す。GKの定永がそれに気を取られた瞬間――。駒沢体育館にいる人間を1人残らず欺いた、前田のボール1個分のコースを通す"直接FK"が決まった。
駒沢体育館が揺れた、らしい。だが、僕は揺れたかどうか覚えていない。僕自身も思わず「ウォー」と思わず身を乗り出して叫んでしまったからである。前田は一旦ベンチ方向に走り出したが踵(きびす)を返すと、バックスタンド左側にいる府中応援団に左胸のエンブレムを握り締めて「オレは府中だ!」とやってみせた。この瞬間、府中は観客席にいるどちらのファンでもない"浮遊層"までも味方につけた。
しかし、府中はあと28秒でFPを補充できるというところで、大洋薬品に勝ち越し点を決められてしまう。シュートを打とうとする北原の足元に滝田、鈴木の2人が飛び込むが、北原は落ち着いて前方のボラにパス。フリーのボラがダイレクトで柔らかく浮かせたボールはゴールネットへ。「あぁー......」というため息が駒沢体育館を包む。
30分にはエース森岡が決定的な3点目をゲット。ボラのクサビのパスを受けて強引に前を向くと、右足のシュートフェイントで目の前の2人を引っ掛けて、足裏で右から左に転がして左足シュート。森岡は「かなりゴリゴリ感がありましたけど」と笑うが、誰もがこのワンプレーに「プロ」を感じさせられたのではないだろうか。
2点差の府中は前田をGKにして、完山などが次々にシュートを打ち込んでいく。最終的に後半の府中のシュート数は23本にまで上ったものの、パワープレー中のシュートは大洋薬品のGK定永にことごとく弾き出されてゴールならず。そして、大洋薬品が3-1で「日本一」のタイトルを手にした。
「日本唯一のプロチーム」として大洋薬品の選手たちが優勝の瞬間に感じたのは、「歓喜」よりも「安堵感」だったという。何が何でも日本一のタイトルを。周囲からのプレッシャーが半端ではなかったことも想像できる。昨年4月に発足したばかりのチームだが、彼らがフットサルに費やしてきた時間は他のチームの2、3年分にもなるだろう。これからFリーグ参加チームの補強が加速化すると思われるが、大洋薬品の準備は現時点で1歩も2歩も先を行っている。「日本フットサルのチェルシー」は結成当時からの目標である東海リーグ、地域CLとの3冠を、Fリーグ初年度王者を、そして世界で戦えるチームを貪欲に追い求めていく。