メールニュースNo.31から連載を開始したレポートを転載してます!

◆第1回 アポ無しブラジル紀行・サンパウロ編@

藤沢市サッカー協会フットサル委員会 小野直樹

〜連載の紹介〜
今ブラジルと言えば CASCAVEL と ASPA FC の遠征旅行を思い浮かべる読者の方も多いだろう。しかし、本号から数回のスポット連載で紹介する「ブラジル旅行記」はそれとは全く異なる視点でブラジルの今を捉えたルポだ。日本サッカー協会公認準指導員という筆者が見た草の根ブラジルフットサル(サッカー)事情。フットサルを通して見た生のブラジルを感じて頂きたい!!

<フットサルはどこに?サンパウロ編 @>

2000年1月19日、小雨の成田空港内のラウンジにて19:00発のヴァリグ・ブラジル航空837便でこれから向かうブラジルでの約2週間のことに私は想いをめぐらせていた。もう4年も前のことになるが、2度目となった聖地(筆者にとって)ブラジル訪問はその全てが今でも深く頭の中に残っている。

間近で見たプロ選手達の迫力あるプレー、プロを目指し厳しい競争の毎日を過ごす若い選手達。また将来のスターを夢見る子供たちの自由なプレーやそれぞれの日本のとは比べ物にならないほど素晴らしい環境は私の中にあるサッカー観を確実に変えていった。そしてまた必ずこの国へ来よう。ここへ来たら新しいサッカーを必ず得られるのだから、と思っていた。
そして、今またそのチャンスがやって来た。しかも今回はフットサルという大きな課題を持っている。何とか本場ブラジルのフットサルをこの身体で感じ、子供から大人、果てはプロまでどんな環境でどんな練習で造られてゆくのかを自分なりに理解したい。

そのためにはどこを訪れようかなど考えていた。しかし、ブラジルという国はご存知の通り、口約束などまったくあてにできないところであり、そのため、事前にフットサルチーム(プロアマ問わず)に訪問のアポイントをしても意味のないことだと思い、あえて電波少年的なアポなし訪問をすることにした。
そう、最悪どこのチームにも参加できなければ、リオデジャネイロのビーチでまた、子供たちのサッカースクールを見学したり草サッカー(いや、正確には砂サッカーか)に混ぜてもらおうと開き直っていた。今、思うとこのブラジル的気楽な考えがこの先、私に多くの幸運をもたらせたのだなあとつくづく感じる。

さて、約24時間という長いフライトをしかもエコノミークラス(ビジネスクラスが羨ましい!)で過ごしたあと、なつかしいブラジルへ降り立った。今回は巷ではブラジルフットサルの聖地といわれているサンパウロからの入国だった。まだ時刻は朝の7時のため、とりあえず、バスで市街地に出てみることにした。
まず、安いホテルを探し、荷物を置き、街中を散策してみた。するとさすがブラジル、すぐにサッカーをしている少年達を見つけることができた。フットサルよりほんの少し広いコート、ほんの少し大きいゴールそしてまわりをぐるりとフェンスで囲った土のコート内には裸足でプレーする子供達。いきなりワクワクしてきた。

誰も指導者などいない。ただプレーしている子供たち(11〜12歳位)だけだ。組織プレーなどといったものなんかそこには存在しない。ボールを持った者がひたすら相手をかわし、シュートを打つ。ボールを取られたらまた、取り返すために全力で走る。ただそれだけを繰り返すだけだ。それなのになぜか見入ってしまう。

そうだ、わかった。組織的プレーはないけれど、みんな個人戦術がしっかりしているんだ。ボールを受ける時の身体の向き、ルックアップ、コーチングそして裸足でいつもやっているからだろうボールコントロールやわらかさと正確さ等、みんなごく自然にできている。私自身、地元の同年代の子供の選抜チームの指導などもしているが、ほとんどの子がこの「個人戦術」の部分が欠けている。おそらく、彼らにとってはこの同じコートの中で自然に受け継がれてきたごく当たり前のことなのだろう。

そしてこの中からさらに才能のある子だけがプロの下部組織チームなどへ入って組織プレーを学び、またその中の幾人かがサッカーやフットサルのプロ選手となるのだろう。日本もブラジルのようなサッカー大国になるにはまず、環境(街中のミニコートなど)や熱心に教え過ぎない指導者が必要だなあと思った。
そんな彼らも疲れたのだろう。休憩になったようだが、その中の何人かがさっきからコートの外にいる変なジャポネーズ(もちろん私のこと)に気がついたみたいだ。せっかくだから少し話しかけてみようと思い声をかけた。
こういう時、ブラジル人は陽気で人なつっこい。相手が外国人だろうが大人だろうが兵器である。私が日本からブラジルのフットサルやサッカーの指導法などを学びに来たことや日本でサッカーのコーチをしていることなど話し、今日からあてもなくフットサルチームなどの練習参加や見学の出来る場所を探していることから、何処か良いところが有れば教えてほしいというような話しになっていった。

そしたらそのうちの一人ベウトという少年が自分の家へ来いという。少し迷ったが、遠慮なくお世話になることにした。ホテルへ戻り、宿泊できなくなった旨を伝え、バスに乗ってベウトの家へ行った。とにかく田舎でのんびりした町だった。しかし、到着してみるとそこはベウトの家ではなく、親戚の家で、夏休みのためほかの親戚の子供たちと泊まりにきているとのことだった。

おいおい、居候の身で勝手に外国人なんかを泊めるために連れて来るなんてすいぶんアバウトな奴だなあ。しかも部屋はリビングの他に2部屋しかなさそうだし、ヤバイなあなんて思った。しかし、そこの主人も奥さんも大歓迎をしてくれた。
ほっとするのもつかの間、さっそくブラジルに来た理由とそのためにフットサルチームがあれば練習を見たい旨、話した。するとサンパウロでもフットサルをやるのは大きな街やある程度の規模の学校のそばでこの町の近くではないとのことだった。

「ガーン!!」いきなり出鼻をくじかれたようでがっかりした。日本では、サンパウロは夜になるとバーの併設された町の体育館で大人から子供までがフットサルをしているといったような事を聞いていたのでなおさらだった。そんな落ち込んでいる私にベウト達が言った。
「オノ、サロンはないけどソサエチーじゃだめなの?」
「何?ソサエチー?普通のサッカーのこと?」
「違うよ、カンポじゃなくてソサエチーだよ。知らないの?」

(第2回につづく・・・)

このレポートに関するお問い合わせ等はこちらまで。

第2回 アポ無しブラジル紀行・サンパウロ編A

第3回 アポ無しブラジル紀行・サンパウロ編B