<7月15日(日)・第2回レポート> いよいよ大会がはじまった。14日、朝7時頃に開会式があるというので、カメラマンの六川さん、ライターの菊池さんと一緒に試合会場のアサディスポーツコンプレックスまでご一緒させていただいた。選手の宿舎であるラレーインターナショナルホテルからタクシーで飛ばして約30分である。しかし、そのタクシーの飛ばすこと飛ばすこと、話には聞いていたがびっくりしてしまった。 緊張しながら車窓を眺めているうちに、まずはスタジアム(サッカー場)が見えてきた。なんでも、10万人は入るサッカー場で、今大会の会場はその隣にある体育館だそうである。ここはその他にもさまざまなスポーツ施設がある複合スポーツクラブで、本当に広い。施設のまわりをだいぶ走って、タクシーの運ちゃんも迷うくらいであった。 会場に入ってみても、なかなか立派な会場で、さすがお金持ちの国だなと思った次第である。まだ開会式などは始まっておらず、そのうち、今日初日のイランとパレスチナの選手達がアップをはじめた。一方、FIFAの黄色い旗をもって、入場行進の子供達が現われた。開会式の練習である。 どこのテレビかテレビカメラのテストがはじまり、六川さん達はプレス席へ移るなど、雑然とした中でいよいよ開会式がはじまった。結局、開会式とはいっても、最初の試合の選手達(イラン、パレスチナ)だけの行進と国家の演奏であったが、地元イランの国家演奏では大(?)観衆も総立ちとなって、少しは国際大会らしくなってきた。 試合はほぼ予定どおり、8時キックオフ。オープニングシュートこそ、パレスチナであったが、前回優勝のイランが次第に攻勢を強める展開でスタート。しかし、イランは少し固いのか、決定的チャンスを2つほど逃し、6分が経過して0対0。たまりかねて、イランは約7分でタイムアウトをとるが、これが効果的であった。監督の激がとんだのだろうか、直後に先取点、その後、8分、10分、11分、13分とたて続きに得点を重ね、気がついたら前半だけで10点という大量得点。パレスチナは、前半終了間際にようやく1点を返して、零封を免れるのがやっとであった。 後半は、イランも少し手を緩めたか、いきなりパレスチナの捨て身のドリブルからのシュートで1点を先制される。後半、開始早々の21秒である。だが、パレスチナもここまでで、多少のがんばりはあったものの、結局、16−4でイランの楽勝に終わった。 私はビデオでイランの試合を見てはいたが、生で見るのははじめてである。たしかに、体は大きいし、テクニックもある。この試合では、ボール回しからの崩しや単独のドリブル、遠目からのシュートなど多彩な攻撃をみせていたが、パレスチナのデイフエンスがあまりに弱過ぎたというのが正直な感想である。 日本代表も、むろん見学に来ており、終了間際までみていたが、私の感じでは余裕がある表情であった。 日本代表の厳しいデイフエンスとカウンタからのスピードある攻撃が楽しみである。 さて、帰って記事を書かなくてはと帰路につく時気がついた。行きは六川さん達と一緒だったから良かったが、帰りのタクシーの捕まえ方を聞くのを忘れていた。会場出口で、守衛の人やら係の人やらに聞いても、英語が通じないのか、要領を得ない。出口付近にタクシー乗り場もない。うろうろしていると、子供が俺は英語ができると話かけて来て、タクシーを捕まえてくると返事も聞かずに走り出した。そのうち、本当にタクシーだかなんだかわからないが、年配の人が運転する車を連れてきた。悪い人ではなさそうなので、子供と一緒にラレーホテルまで帰ることにした。無事つくか心配だったが、ちゃんと連れてってくれて、来たときのタクシーと同じ金額と子供にチップをあげたら、向うも喜んでいた。一体、あれはなんだったのだろうか。 以下は写真である。
渾身のアップ予定(あくまで予定です) <初日(14日 日本は試合なし)> 開会式(7:00) 第1試合 イラン対パレスチナ(8時) →10時ホテル戻り→12時頃記事アップ →ビジネスセンタで送信→日本時間17時頃受け取り →14日18時頃にアップ <2日(15日)> 対台湾(8:00) →10時ホテル戻り→12時頃記事アップ →ビジネスセンタでメール送信→日本時間17時頃受け取り →15日18時頃にアップ 対シンガポール(20:00) →22時ホテル戻り→24時記事アップ →ビジネスセンタでファックス送信→日本時間16日5時頃受け取り →16日9時頃アップ <3日(16日)> 対パレスチナ(7:30) →9時30分ホテル戻り→12時頃記事アップ →ビジネスセンタでメール送信→日本時間17時頃受け取り →16日18時頃アップ 対イラン(18:00) →20時ホテル戻り→21時30分記事アップ →ビジネスセンタでメール送信→日本時間22時頃受け取り →16日22時30分頃アップ |